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渥美清の生き様!家族・自宅・息子との私生活から死因まで驚愕エピソード!

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“フーテンの寅さん”が、
渥美清の名よりも有名になるほど
長年続いた映画「男はつらいよ」

地元愛、兄弟愛、失恋と、誰でも、
のめり込んでしまうほどの
親しみやすい映画ですね。

そんな”寅さん”を演じていた
渥美清(あつみきよし)さんの生き様!

特に家族や自宅、息子への接し方
などについて調査してみました。

また、渥美清の私生活から死因までの
エピソードを考察してみますね。
(以下、敬称略)

 

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渥美清の生き様!


プロフィールから紹介致します。

渥美清は1928年3月10日生まれで
東京都出身の、コメディアン・俳優
です。

渥美清がコメディアンだったとは
驚きです。

本名が、田所康雄(たどころやすお)で
愛称は、寅さんです。

芸名、本名、愛称がかけ離れていて
面白い現象ですね。

ナント!「男はつらいよ」は
テレビドラマから始まっています。

1968年10月3日から約半年間
フジテレビ系列で放送され、
人気ドラマだったので
映画化されたようです。

映画化された時は誰も、
ここまでの長期映画になるとは
想像していなかったでしょうね。

その後、映画として27年間という長い間
「男はつらいよ」は計48作品
継続して作製されました。

27年間で48作品の映画とは早い
スピードで新作映画が作られて
いたようですね。

国民的映画の1つとして日本中に
知らない人がいない程の
認知度があり、
なんと、「男はつらいよ」は
同じ役者が同じ作品の主役を
務めた続けた最多記録の作品として
ギネスブックに記録をされています。

渥美清の寅さんだからこそ、
成し得た大記録なのでしょう。

マドンナ役は毎回変更しても主役は
渥美清だけでしたから、”渥美清”
個人の映画のようなものですね。

毎回、次のマドンナ役が誰なのか
皆が楽しみにしていました。

渥美清は、寅さんの役柄とは違って
他人との交際を避ける孤独な
性格だったようです。

家族がいるのに孤独とは
寂しい感じがしますが、
芸術家などには多いようですね。

貧しい寅さんのイメージを
崩さないようにしていたのか、
渥美清はお金持ちになっても
贅沢な生活はしなかったそうです。

自宅に車を一台しか
所有していなかった事からも
庶民的な生活をしていた事が伺えます。

また、渥美清は極秘結婚しており、
結婚の事実を知らなかった者も
多かったようです。

渥美清は、私生活をほとんど
明かしていなかったと思われます。

私生活に触れられたく無い方って
いますよね。

特に役者は、
どんな役も演じられるようにと、
私生活を秘密にしたり、
本来の個性が出てしまう
バラエティ番組の出演を拒んだり
する方が多いようです。

 

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家族・自宅・息子との私生活


ここからは、
渥美清の家族・自宅・息子との
私生活を見てみましょう。

結婚については、渥美清が41歳、
1969年3月17日に竹中正子と
出雲大社で親族だけで挙式をしています。

極秘結婚でしたが、常識的な事は
キチンと行っていたのですね。

竹中正子は24歳でしたから17歳年齢が
離れています。

渥美清は、若い女性と結婚されて
いたのですね。

渥美清の自宅に関してですが
渥美清は私生活を
明かさない性格だった為、誰にも
自宅の住所を教えてなかったようで
分かりませんでした。

しかし、渥美清は東京都出身で
お墓が新宿御苑にあるようですので
自宅も東京都内かも知れません。

子供は2人います。

息子の名前は、健一郎で
フリーのラジオディレクター。

娘の名前は、幸恵(ゆきえ)で
一般人のようです。

2002年、渥美清の七回忌の
前に息子の健一郎が、自宅では
家族に渥美清がDVを日常的に
行っていたとコメントしています。

気前のいい笑いの絶えない寅さんの
イメージとは全く逆で、
家族にDVを繰り返していたとは、
現在では信じられませんが、
昭和の短気で頑固な父親には
よくあった事でしょう。

今でこそDVと呼び、逆にイメージが
柔らかくなっていますが、当時は
折檻や、お灸をすえる、
などと呼ばれていて、一家の主の
気に入らない事があれば、
即座に手が飛んでくる、
という家庭も多くありました。

人付き合いもあまりせず、
相談相手や愚痴をこぼす相手もいなくて
ストレス発散の為に、という事は、
一般人にはありますが、
渥美清はどうだったのでしょうか?

 

死因までの驚愕エピソード!


続いて、渥美清の死因までの
驚愕エピソードを見てみましょう。

渥美清は、子供の頃から身体が弱く、
病気がちだったそうです。

1954年、26歳の時に肺結核で、
右肺を切除します。

この時は渥美清は独身ですね。

その為、コメディアンとして、
身体を動かすバタバタ喜劇が
できなくなります。

その後1991年に肝臓ガンが
見つかり、1994年にはガンが肺に
転移しているのが見つかります。

肺結核を患った肺へのガン転移は
ショックが大きかった事でしょう。

ですが、渥美清はガンに負けずに
ガンの転移が見つかったにも
関わらず1995年に最後となった
48作品目の「男はつらいよ」の
撮影をしています。

しかし、休憩になるとグッタリと
座り込んで休んでいたそうです。

ガンの痛みなどもあったでしょう。

しかし現場では、
ガンを知っている人は
いなかったでしょうから
渥美清は、1人でその痛みに
耐えていたと思われます。

医師の反対を押し切って
撮影に臨んでおり、医師は
「奇跡に近い」とコメントしています。

ガンの症状と闘いながら撮影した
渥美清の様子は映画を見た限り
いつもの寅さんと変わらない演技を
していたわけですから
俳優業を命がけで全うした
ということが窺えますね。

これにより、渥美清は国民的俳優と
呼ばれるだけの実力を
証明した事になりますね。

ところが、手術して4日後に
転移性肺ガンで
1996年8月4日68歳という若さで
天に召されてしまいます。

肺結核からガンになり転移という
凄惨な死因で渥美清は亡くなって
しまいました。

68歳とは、あの世に逝くには
早すぎます。

問題になっているのは、死因は手術が
失敗して死期を早めたのではないか?
とも、言われている事です。

今となっては真実は分かりません。

渥美清の遺言とも言える最期の言葉が

『俺のやせ細ったガンの顔を
誰にも見せたくない。

骨にしてから世間に知らせて欲しい』

渥美清は、
ガンの症状で痩せてしまい、
骨になってから公表しろと
最期に言ったのでしょう。

渥美清は私生活を
明かさない性格だったようですから
ガンに侵されている顔を
家族以外には
見られたくなかったのでしょう。

家族は最期の言葉を守って
家族だけで密葬をして1996年8月7日に
転移性肺ガンが死因となり、
逝去した事を正式に発表しました。

渥美清に最期に会ってお別れを
したかった方も沢山いた事でしょう。

 

まとめ


“寅さん”の渥美清が亡くなり
もう、20年経つのですね。

実際の渥美清は、寅さんとは
全く違う性格だったようですね。

私生活を一切明かさないとは
昭和の役者らしさが窺えます。

子どもの頃から
病気がちだったようですから、生前、
闘病生活が長かったと思われます。

以上を踏まえた上で
DVDを借りてきて、もう一度
“寅さん”を見たい気分になりました。

YUMI

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