高嶋弘之【高嶋ちさ子父親】が凄い!ビートルズ音楽プロデューサーのプロフィール!高島忠夫が兄弟!?

1966年の来日から50年以上経過しても
尚世界中で人気のビートルズの楽曲を
日本で有名にした人物は、東芝の
音楽プロデューサー高嶋弘之である。

まだ洋楽ではイギリス発の物が少数派
だった時代、様々な奇策でビートルズ
をヒットさせたプロフィールを持ち、
バイオリニスト高嶋ちさ子の父親でも
ある。

そして、高嶋ちさ子の事件から
高島忠夫の家庭との断絶が明らかに
なったが、その要因は?

 

音楽プロデューサー高嶋弘之の破天荒なプロフィール!ビートルズを奇手妙手で売り込む!

 


結成から50数年を経て未だ大きな人気を
保ち、世界中で愛されているイギリスの
バンド、ザ・ビートルズを日本で有名に
したのは、当時東芝音楽工業(現在の
東芝EMI)でディレクターを務めた
音楽プロデューサー、高嶋弘之である。

日本でビートルズのレコードを売り出す
為にその曲の邦題(日本語での曲名)
を考え、驚きのアイデアで
売り込んだた功績もある。

ここで音楽プロデューサー高嶋弘之の
プロフィールを見てみたい。

1934年に神戸に生まれ、早稲田大学
文学部を卒業した後、東芝音楽工業に
入社し、1964年から翌年にかけて
ビートルズ担当のディレクターと
なる。

「抱きしめたい」「ノルウェーの森」
等の日本語タイトルは高嶋弘之自身が
手がけた物である。

そして彼の日本国内のビートルズの
宣伝方法も、後年のプロフィールの
中で洋楽のアーティストのクラシックの
演奏でカバーした「1966カルテット」を
手掛けた音楽プロデューサーならではの
ユニークな物だった。

イギリスから送られて来た
「ラヴ・ミー・ドゥ」の高嶋弘之の
感想は、第一印象は大変奇妙な
物だったという。

そしてビートルズの次のシングル
「プリーズ・プリーズ・ミー」で
ようやくヒットの確信を得て、
ラジオ局の反応を聞くべく回ってみても
芳しい物では無かったが、TBSラジオの
女性ディレクターから評価を受けて、
俄然やる気になった事もあった。

そこで高嶋弘之に音楽プロデューサーと
してのプロフィールに大きくプラスに
なる、追い風が吹く出来事が起こる。

ある日、高嶋弘之のもとにビートルズと
同じレーベルのアーティスト、
ヘレン・シャピロのファンクラブを
作りたいと言う男子高校生が訪ねて来た
時に、高嶋弘之はそのレーベル名を
取って「オデオン・ファン・クラブ」と
する条件を提示し、ビートルズを応援
してもらえるならヘレン・シャピロの事
を考えるというアイデアを了承して
貰った上で、彼とその仲間をバイトと
して雇ってビートルズを売り込む活動を
展開した。

そしてジャズ評論家の福田一郎氏が
ビートルズの音楽があまり気に入って
いないと見るや、早稲田大学では
演劇学科に所属していたプロフィールを
持つ彼は一計を案じ、好意を持っている
上でビートルズの将来性をその慧眼を
以て評価して頂きたいと意見を述べ、
ビートルズのレコードを渡して曲を
聞いてもらった上で評価を貰い、
ラジオのディレクターの目に止まって
曲をかけてもらえるようにしたという
大仕事も手掛けた。

この様な破天荒な奇手妙手を繰り出して
高嶋弘之はビートルズを売り込む事に
成功し、後年に名音楽プロデューサーの
地位を得るに至るプロフィールが
加えられる事になったのである。

だが、その音楽プロデューサーとしての
プロフィールとは別に、彼の親族と
の間には大きな溝がある事が、
ある事件から明らかになった。

 

高嶋ちさ子が高島忠夫の家庭で感じた違い!
しかし父親高嶋弘之の名誉は傷つかない!

 


高嶋弘之の娘、バイオリニストの
高嶋ちさ子が2013年2月3日、
新幹線車内でスーツケースを盗まれた。

そのスーツケースは「プラダ」の
ブランドの青い物で、その中には
コンサートの衣装が入っていたので、
被害総額は100万円にものぼる。

その事態の大きさからか高嶋ちさ子本人
がブログで捜索を願い出ていた。

その事を受けて1週間後にはテレビ番組
の電話取材を受けていたが、取材の話が
親族の高島忠夫の次男、高嶋政伸に話が
及ぶと、高嶋ちさ子は烈火の如く怒り、
取材を打ち切ってしまった。

この事から彼女の父親の高嶋弘之の家庭
は彼の兄の高島忠夫の家庭と断絶して
いる事が発覚する事になった。

その遠因は、音楽プロデューサーでは
あっても一サラリーマンである高嶋弘之
の家庭と、芸能一家である高島忠夫の
家庭との金銭感覚のズレが
遠因と見られている。

高嶋ちさ子がまだ幼少の時代には、
高嶋弘之と高島忠夫の家庭は普通の
付き合いをしており、高嶋ちさ子自身も
よく遊びに来ていた。

しかしその頃からその家庭の父親の収入
の違いからか、その家の大きさや高級な
おやつ等から自分の家庭とは違うと
いう感情が募った事を明かしている。

そういっても高嶋ちさ子にとっては、
音楽プロデューサーの父親、高嶋弘之の
家庭も、一般レベルから見れば裕福な
家庭である事は事実で、彼女の母親は
180万円のバイオリンを買い与え、その
後更に300万円のそれを買い与え、
しかも高嶋ちさ子は海外留学の経験も
ある。

高嶋ちさ子にとって高嶋弘之は、
それなりに裕福な家庭でバイオリンと
学問を金銭面で支えてくれた父親である
と感謝をしている事は確かであるが、
彼女が6歳の時、高島忠夫の妻、
寿美花代が高嶋弘之と高島忠夫の家庭に
大きな溝を作る出来事が起きる。

高嶋ちさ子がバイオリンを始めた時、
寿美花代に悪気は無かったと思われるが
寿美花代がお金の心配する発言をして、
両家は次第に疎遠になってしまった。

この発言は彼女の父親である高嶋弘之の
プライドを傷つけるという配慮に欠けて
いるとの指摘もある。

しかし芸能一家の高島忠夫の家庭とは
「格差」があるとはいえ、高嶋弘之も
父親として普通の家庭とは違う教育を
施す事は十二分に出来たのだ。

この様な禍根が残っている事が残念な
事と見る向きもあるが、父親としても
音楽プロデューサーとしても高嶋弘之の
名誉に傷が付く事は無いだろう。

 

まとめ

 


高嶋弘之の音楽プロデューサーとしての
プロフィールを語る上で欠かせない物は
やはり世界的なバント、ビートルズの
日本での人気を確立させた事だろう。

娘高嶋ちさ子が受けた高島忠夫の家庭で
何気ない一言がきっかけでその家庭とは
疎遠になったとしても、高嶋弘之の父親
そしてプロデューサーとしての名誉に
傷が着く様な事ではないのだ。

参考サイト
//allabout.co.jp/gm/gc/461306/
//www.english-turi.com/song/738/
//enta-tubo.com/article/331546356.html

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