羽生結弦の実家は金持ちではない!仙台で被災し全壊と噂の県営アパートと現在!

ソチ五輪、平昌五輪の二大会連続で
金メダルを獲得した羽生結弦。

平昌では怪我の状態が心配されていた
が、素晴らしい演技を見せてくれた。

華々しい成績を持つ羽生結弦は
仙台で被災し、実家が全壊や練習
場所の確保等の苦難を乗り越えて
来ている。

また、フィギュアスケートは費用が
掛かる為にお金持ちのスポーツと
言われているが、羽生結弦の実家は
どうなのだろうか?

 

羽生結弦の実家はお金持ちではない?被災して全壊した自宅の場所は仙台のどこ?

 


男子フィギュアスケート界の王者、
羽生結弦を輩出した場所・仙台。

仙台で東日本大震災に被災した際に実家
が全壊したとの噂があるが、現在はどう
なっているのだろうか・・・

フィギュアスケートを続けるには莫大な
費用が掛かるが、羽生結弦の実家も
他のトップスケーターの様に金持ち
なのだろうか?

全壊した実家の場所や、実家が金持ち
なのかについて見て行こう。

羽生結弦の育った街・仙台


羽生結弦は宮城県仙台市の出身だ。

仙台市泉区にある県営住宅で一般家庭の
長男として育って来た。

羽生結弦は16歳で東日本大震災に被災
するまで、この場所で暮らしていた
様である。

被災した事で自宅の県営住宅が全壊判定
を受けてしまい、羽生結弦自身も4日間
の避難所生活を送っている。

全壊判定を受けたと言っても、実際の
被害状態は半壊程度だったと言う。

この時、練習場所である仙台市内の
スケートリンクも半壊していた為、
練習場所の確保が最も困難だった
であろう。

震災での全壊や、ソチ五輪での
金メダル取得後に取材が殺到した為、
現在は仙台市内の別の場所に実家を
移している様だ。

羽生結弦の実家は金持ち?


トップスケーターの場合、親が会社
経営者や企業の会長等の金持ちが
多い。

しかし、羽生結弦は一般家庭の生まれ
である。

父は公立中学校の教頭先生であり、
母はパートで生計を立てている。

公立中学の教頭の年収は地域にも
よるが、約700万円だと言う。

羽生結弦の実家は決して金持ちでは
ないが、比較的裕福な中流階級だろう。

しかし、フィギュアスケートは年間で
500万以上費用が掛かるスポーツだ。

この為、羽生結弦は受賞賞金の全てを
スケートを続ける費用に充てていた。

金持ちの家庭と比べると、スケートを
続けるだけでも、かなりの努力を必要
としていたのだろう。

 

羽生結弦が育った仙台の実家は金持ちではなかったが・・・

 


上記で見て来た様に、羽生結弦が育った
仙台の実家は決して金持ちではない。

しかし、羽生結弦がフィギュアスケート
始まりの地である仙台から世界に進出
出来たのは家族の支えがあったからだ。

実家が金持ちではない為、節約を
しながらフィギュアスケートを続けて
来た。

羽生結弦の衣装を数年前まで母が手作り
していた事は有名な話である。

また、幼少期は美容院等には行かずに
羽生結弦の髪を母がカットしていた
と言う。

抑えられる所は徹底して抑えており、
携帯電話を持たなかったと言う話まで
ある。

両親が家賃5万円の県営住宅に住む事
を選んだのも、羽生結弦にフィギュア
スケートを続けさせる為だ。

羽生結弦は両親だけでなく、4歳年上の
姉にも支えられていた。

元々は姉がスケート教室に通っていた事
が羽生結弦をスケーターへと導いた。

姉も8歳から18歳までスケートを
続けていたが、羽生結弦にスケートを
続けさせる為に自分は引退を選び、大学
進学も諦めたのだと言う。

しかし、姉もスケートから完全に離れて
しまったわけではなく、現在は仙台市内
にあるスケートリンク「アイスリンク
仙台」で勤務をしている。

羽生結弦はこのアイスリンク仙台に復興
支援金を寄付しており、姉弟2人の想い
が詰まった場所である事が伺える。

羽生結弦がここまで実力を発揮出来て
いるのは家族の支えがあったからだ。

 

まとめ

 


羽生結弦の強さは家族の支えがあって
こその物だろう。

「自分のためだけに滑ってるんじゃ
ない」と言う羽生結弦の発言も、この
背景を知るとより深く理解出来そうだ。

今後も羽生結弦の世界での活躍に期待
したい。

サカモトマユ

<参考>
Wikipedia
週刊現代

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