古屋圭司委員長の失言と交通事故とは?派閥や経歴などもチェック!【パーティー券疑惑】

自民党・古屋圭司委員長の事務所が、
パーティー券の販売実態をノートで管理
し、政治資金収支報告書に実際の収入の
半分程度に過少記載していた疑いがある
と、朝日新聞にスクープされた。

古屋圭司委員長とは、今日まで、どんな
経歴を辿って来た政治家なのか?

自民党内での、派閥は?

政治家特有の失言を調べてみると、
交通事故に対しての発言が注目される。

その真意なども、調査してみた。

 

自民党・古屋圭司委員長の所属派閥と経歴とは?失言の過去とは?

 


またまた、政治家と政治資金の問題が、
世間を騒がせている。

自民党・古屋圭司委員長が、パーティー
券の販売実態をノートで管理し、収入の
半分程度に過少申告していたと言う。

所属派閥や経歴に、泥を塗りかねない。

古屋圭司委員長の経歴を調べて行くと、
幾つかの失言や、交通事故に関しても、
問題発言をしているのが、解る。

古屋圭司委員長の経歴や、自民党内での
所属派閥とは?

また、古屋圭司委員長が国家公安委員長
当時、交通事故に対して失言とも取れる
発言で物議を醸したが、その内容とは?

古屋圭司委員長のこれまでの経歴と派閥


古屋圭司委員長(衆院議院運営委員長)
の経歴を調べてみた。

古屋圭司委員長は昭和27年11月1日
岐阜県恵那市生まれ。

岐阜5区から出馬し、当選10回の経歴
を持つ、ベテランの衆議院議員だ。

母方の伯父に元自民党衆議院議員で、
自治大臣を務めた古屋亨氏(最後の所属
派閥は、当時の安部派)がいる。

古屋氏の元に養子に入った為「古屋」姓
を名乗る事になったが、古屋家は祖父も
政治家の経歴がある家だった。

古屋圭司委員長の経歴に、中学生の頃、
米国でホームステイを経験したとある。

学校や家庭に星条旗が掲げられ、授業が
始まる前にはクラス全員で、星条旗に
向かって忠誠を尽くす儀式を目の当たり
にしたと言う。

自国に対して忠誠心や愛国心を誓う事は
は当たり前だと認識するようになった。

古屋圭司委員長の若い頃の経験が、今日
の政治姿勢に繋がっていると言える。

そんな古屋圭司委員長の信念は
「国土強靱化」であり、著書もある。

成蹊大学を卒業後、保険会社へ入社した
が、8年程で退社し、当時、外務大臣の
要職に就いていた安倍晋太郎の秘書へ。
後に、養父・古屋亨の秘書の職に就く。

1990年、養父の後継者として、
旧岐阜2区から出馬し、初当選を果たし、
派閥は、安部派へ入会となる。

派閥や経歴を遡ると、安倍晋三首相と
経歴に共通点が多い様に映る。

大学は安倍首相と同窓であるが、経歴を
調べると、古屋圭司委員長の方が卒業も
初当選も一足早く、安倍首相より年上。

もっと重要ポストのポジションにいても
おかしくない経歴に感じる。

そして今は、無派閥の様子だ。

古屋圭司委員長と、閣僚経験の経歴


1998年の自民党総裁選挙では、
後に首相となる小泉純一郎に、
票を入れなかったそうである。

更に2005年の郵政国会で、当時、派閥
領袖だった亀井静香氏と共に、
郵政民営化法案に反対票を投じた為、
自らの信念に沿った行動から、無所属で
選挙戦を強いられた経歴も、ある。

郵政民営化法案には後に賛成票を投じた
が、離党勧告を受けた為、離党。

やがて復党したが
「郵政造反組復党問題」として、世間で
騒がれた。

「古屋圭司委員長は閣僚経験が少ないの
が悩み」と指摘される由縁は、自分の
信念に沿った、過去の経歴から来ている
とも、考えられる。

自分の信念を曲げなかった為、失言とも
取られたのが2017年4月に行われた
沖縄県うるま市長選の発言である。

与野党一騎打ちの態を為した選挙だった
が、古屋圭司委員長は野党側に対して

「相手は共産、社民が主導する候補。何でも反対、全く財源の裏付けのない無責任な公約や、空虚なキャッチで市民への詐欺行為にも等しい沖縄特有のいつもの戦術」
(引用:J-castニュース)」

と、山内氏の政策を非難している。

「差別的失言だ」と抗議されたが、
これに対して、古屋圭司委員長は
「客観的ファクトを申し上げた」と
反論し、失言と認めていない。

信念を曲げない姿勢が、受けて取れる。

この古屋圭司委員長を指示する声も多く
寄せられたそうだが、支持者からの応援
とも取れる為、この失言の是非は、簡単
に決められないとも取れる。

古屋圭司委員長の失言を調べていると、
交通事故に関しても、問題発言と取れる
発言をしている。

古屋圭司委員長の交通事故に関する発言
とは、どの様なものだろうか?

交通事故の被害者へ向けた、差別的失言
の可能性は、あったのだろうか?

 

自民党・古屋圭司委員長の交通事故に関する失言とも取られかねない過去とは?

 


沖縄県うるま市の市長選において、失言
と読まれる過去もある古屋圭司委員長。

古屋圭司委員長の経歴や派閥を見ると、
信念を曲げずに行動をして来たとも
読める。

そんな古屋圭司委員長の、
交通事故との因果関係とは?

経歴や所属していた派閥の長の顔に
泥を塗りかねない失言を、交通事故の
被害者に向けて、発言していたのか。

古屋圭司委員長の交通事故に関連した発言


古屋圭司委員長が国家公安委員長だった
2013年当時、こんな発言をしている。

「ややもすると取り締まりのための取り締まりになっている傾向があり、問題だと思っている。警察の信頼という視点からも疑問符がつく。重要なのは本当に交通事故が多い場所で取り締まることだ。(中略)事故の抑止につながる、取り締まられた側も納得できる取り締まりをしなければならない」(現代ビジネスより)

取り締まりに納得の行かない運転手側に
立って、警察の点数稼ぎとも取れる交通
取り締まりを見直そうと発言している。

事もあろうに「国家公安委員会のトップ
が、自らの組織を批判するとは何事だ」
と、内側からの批判を多く浴びた。

しかし、一部ドライバーからは、意見に
賛同するとの声が大きかったそうだ。

「歩行者が出てくる危険性がない場所で
制限速度の20キロ超過を取り締まるの
は疑問」

とのポリシーは、今も変わらない様子だ。

既に委員長職からは離れているが、
委員会から声をかけられ、出席し、意見
を求められている事を、自身で報告して
いる。

しかし当時から、交通事故被害者の
直接的な声を救っていない、スピードを
出し過ぎて交通事故を起こしたら
どうするのだと言った声も大きく、
議論が真っ二つに割れた。

そしてまだ、交通取り締まりに対して、
抜本的な改革も聞こえて来ないのが、
現状である。

HPに賛同の声が寄せられたと言っても
支持者の意見とも読めてしまう。

この辺のバランスは、難しい処である。

 

まとめ

 


古屋圭司委員長の経歴を調べると、信念
に沿った行動を取って、今日まで来た
政治家と思える。

閣僚経験が薄いと指摘されているが、
拉致問題担当大臣等、様々な要職は
努めている。

それだけに、疑惑が出て来たのは
残念としか言えない。

政治家と政治資金問題は、忘れた頃に
繰り返されている様な問題である。

正しい信念に基づいて行動するので
あれば、のべつ付いて回る、
政治とカネの問題をクリアにして、
政治活動を続けてほしいものである。

Nabesama

<参考サイト>
古屋圭司公式ホームページ
ウィキペディア
日本経済新聞
現代ビジネス
J-CASTニュース

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