平成最後の夏!ドースル?昭和最後の夏を思い返せば

平成最後の夏!という事で、
ツイッターなどで話題になっている。

突如訪れた昭和の終わりとは違い、
天皇陛下の生前退位によって、
事前に計画的に進行する平成最後の年。

折角なのでこれを口実にいつもよりも
感慨深い特別な夏にするにはどうすれば
良いのかを、今回は昭和最後の夏を
振り返りながら考えてみたい。

 

平成最後の夏!ドースル?

 


平成最後の夏は、特に若者にとっては
重要な価値が有るのかも知れない。

昭和に青春時代を過ごした世代は既に
今は家族の為に生きているという方が、
大半だろう。

夏と言えば、今も昔も恋の季節と呼ばれ
平成最後のこの夏も、若い男女は
ロマンスを求め精力的にレジャーに
勤しむ事だろう。

昨今は草食男子や非婚が深刻な社会現象
としてメディアで報じられているが、
人間の本能がそんなに変化するとも
考えにくい。

平成最後の夏!という付加価値


平成最後の夏!という付加価値がついた
事によって特別感が生まれている。

この様に、「平成最後の〇〇」という
価値が、今年の全ての事象に付けられる
事になるだろうが、
これはとても良い事だろう。

全ての事象を大切に捉える事が出来、
私達の平凡な人生に、特別感を与えて
くれている。

だが、だからと言って、
平成最後の夏を特別なものにするには、
どうすれば良いのか、見当がつかず、
結局は、いつも通りに全力で生きるしか
無いのかも知れない。

平成最後の夏であるという意識があれば
自分のいつもの全力よりも、
一段と力強く過ごせるだろう。

そしてこの平成最後の夏を思い出すのは
何年も先の事である。

平成最後の夏の思い出は・・・


平成最後の夏は、燃え尽きるかの如く
全力でレジャーに励むべきだろう。

そんな平成最後の夏の出来事は今時は、
snsに記録される事になる。

スマホなど無かった昭和の時代には、
思い出はカメラで撮影した写真を、
フォトアルバムに綴じていたものだ。

何年後かにスマホの中で蘇る、
平成最後の夏の画像には、どんな自分が
映っているだろうか。

思い出の写真というものは、
少し気恥ずかしいくらいが丁度よい。

今年の平成最後の夏は、
仲間達や恋人と、思いっきりバカな事を
やって画像に記録させておこう。

 

平成最後の夏?昭和最後の夏を思い返せば

 


何歳から何歳までが青春と呼ばれるのか
分からないが、10代を昭和の時代に
過ごした筆者達の世代は、
平成最後の夏を考えるにあたり、
昭和最後の夏を思い出してしまう。

昭和最後の夏はいつ?


先程も触れたが、昭和の時代には
スマホはおろか携帯電話のなく、
限られた富裕層の人が持っていたくらい
である。

インターネットも我々の生活にはまだ
全く入り込んでいない時代で、恋人と
連絡をとるにも、自宅に電話をかけて
親の関門を突破する必用があった。

思い返せば稚拙な知恵で、一生懸命に
真面目な好青年を演じたものだ。

スマホの電波が悪いとか、Wi-Fiの
入りが悪いなど、贅沢な悩みである。

1989年(昭和64年)1月8日に
平成がスタートしたので、
昭和最後の夏は1988年だった。

昭和最後の夏は、平成最後の夏とは違い
過ぎ去った後に、あれが昭和最後の夏
だったと振り返るしかなかった。

昭和最後の夏は・・・


昭和最後の夏は1988年、
映画は敦煌やラストエンペラーが
話題になりお笑いでは、とんねるずや
ビートたけし、明石家さんま等が
大人気だった。

ジャニーズのアイドルは光GENJIと
男闘呼組が活躍し、ファミコンソフトは
ドラクエ3、スーパーマリオ3などが
発売された。

日本シリーズは西武ライオンズが制し、
相撲は千代の富士貢が連続優勝し
F1ではアイルトン・セナがカリスマ的な
人気を集めていた。

そして筆者は昭和最後の夏を、どの様に
過ごしていたのか思い出してみると、
コンビニの深夜のバイトを頑張り、
恋人にフラレた後に自動車免許を取り、
友人たちと毎日ドライブ三昧していた、
そんな夏だった。

冴えない思い出も多いが、明日の予定も
将来の事もあまり考えず、何の責任も
感じずに、気ままに生きていた様な
そんな気がする。

 

まとめ

 


「今時の若者は・・・」というのは
いつの時代も大人の口癖であり、
代々受け継がれているものなので
気にする事はない。

今時の若者も、いつかは、
間違いなく同じ事を言う様になる。

今時の若者は、自由気ままに、
大人に迷惑を掛けながら、
今を楽しむ権利があるのだから、
平成最後の夏も
思いっきり遊んだら良い。

大人になったら出来ない事なのだから。

hike

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