新皇后として皇居に初通勤をした
雅子様。
そんな中、
雅子様は未だに実家至上主義で
皇后として自覚が足りないと
言われています。
しかし、それを否定する声も
挙がっています。
詳しく見て行きましょう!
雅子様は実家至上主義?ご実家、小和田家とは?
雅子様は、元は外務省に勤めていた
キャリアウーマンでした。
その為に、基本的には男社会である
宮中でも生活に嫁いだ直後は、
かなりの苦労をしていたと
言われています。
そして、
嫁ぐ前に一番自分の在り方に
合っていたご実家を大事にし、
宮中から実家至上主義とまで
言われていました。
しかし、現在では、
今でも実家至上主義と言われる一方で、
そうではないという否定の声も
挙がっています。
雅子様が大切にするご実家、小和田家と
雅子様が未だに実家至上主義なのかを
詳しく見て行きましょう。
雅子様の実家小和田家とは?
雅子様が出生した、
新潟にあるご実家の小和田家は、
江戸時代時点で越後国村上藩で
目付け役(大名等を監視する役)を
していた歴史ある家です。
雅子様の父親の小和田恆氏は、
東京大学教養学部卒業後は、
外務省入省後は条約の法制の専門家
として活躍しました。
また、
雅子様の母親の優美子さんは、
エールフランス極東局秘書官、
日本ユニセフ評議員を務めていた
才女でした。
家柄、経歴共に立派な家庭で
生まれた事がわかりますね。
雅子様の実家至上主義!
この様な家庭に生まれた事もあり、
元々、雅子様は外務省勤めを
していた自立した女性でした。
その為に、天皇家に嫁いだ当初は、
夫に尽くす事になる皇太子妃として、
多くの苦悩をする事となりました。
そして、事あるごとに、
「実家至上主義」を思わせる様な
家族愛が凄すぎる面を覗かせていた
と言われています。
その内容は以下の様になっています。
・事あるごとに実家自慢
・実家の行事に皇太子妃時代に
積極的に参加
(スキー、花火大会、ハロウィン)
・2004年に体調を崩された時に、
軽井沢の小和田家別荘
この実家至上主義は宮内庁内部から
苦言を呈されていました。
しかし、
この実家至上主義は雅子様が嫁いだ
当初、彼女のキャリアと人格を
否定する動きが宮内庁にあった事に
起因していると言われています。
例えそれが、
皇室という公の立場の人間でも、
これまでの自分の在り方を否定されたら
いくら強い人でも実家が恋しくなっても
おかしくはないと思えます。
雅子様は未だに実家至上主義?
宮内庁内部から疑問視されていた
雅子様の実家至上主義ですが、
現在でも続いているのでしょうか?
宮内庁内部には2つの意見で
別れています。
その意見について、
詳しく見て行きましょう。
雅子様の実家至上主義は続いている!?妹を側近に?
まずは、
未だに雅子様の実家至上主義が
続いているという意見から
見て行きます。
ある宮内省関係者は、
雅子様の妹に当たる節子さんが
雅子様の側近として
支えになるのではないかと、
不安を述べています。
適応障害を患う雅子様の心の
支えとして実の妹が側近と
なればいいのではとの声が
宮内庁から上がるのではないか
とも述べています。
実際に世話係をする役目の
女官に雅子様のもう一人の妹の
礼子さんを推す声があったとも
言われています。
もし宮内庁内で、
その様な声が挙がったら、
実家至上主義の雅子様は、
喜んでその案を受け入れると、
この宮内庁関係者は考えているのです。
確かに、肉親が1人近くにいれば、
精神的負担が軽くなると思えますね。
雅子様に芽生えた皇后としての自覚!
一方で、最早雅子様に実家至上主義な
面はもう無いと述べる宮内庁関係者も
います。
雅子様は皇后になると決まった時点で、
皇族の自覚が以前よりもかなり強く
なっているというのです。
また娘の愛子様の自立や、
新天皇陛下である徳仁様の支えも
あって、精神的にも安定してきている
と言われています。
新皇后として、
宮内庁内の実家至上主義を心配する
声が杞憂であったと是非証明して
欲しいですね。
まとめ
新皇后となった雅子様、
病気等で大変かと思われますが、
徳仁様と支え合って、
益々のご活躍をお祈りしたいですね。
RuRuhase
<参考サイト>
宮内庁
FNN PRIME
NEWSポストセブン